愛媛大学大学院 物性制御工学研究室(小林研究室)

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研究内容

研究に対する基本方針

 合金、セラミックスなどの材料の特性は、その内部の「組織」というものに支配されています。異なる特性を持った材料の内部を透過型電子顕微鏡でのぞいてみると、各材料で全く異なる「組織」を有することが分かります。下に示す写真は、高強度な材料であったり、生体に優しい材料であったり、様々な特性を持った材料を実際に当研究室の透過型電子顕微鏡で観察した結果です。材料によって全く異なる「組織」を有していることがお分かりいただけると思います。ちなみに、人間の目では、どの材料も同じ銀色に輝く金属にしか見えず違いは分かりません。この「組織」は、人間の目には見えないナノスケールというミクロな世界において作られているのです(したがって、顕微鏡を使って拡大して観察するのです)。

 材料特性を支配するこの「組織」を制御するためには、材料の組成(どのような元素がどれだけ含まれているか)を的確に調整し、最適な熱処理や加工処理を施す必要があります。適切にそれらの因子を調整するためには、材料中の「組織」形成過程がそれらの因子によってどのように変化するかを解明する必要があります。我々の研究グループでは、様々な材料中の組織形成過程を解明するとともに、その制御方法を開発し、それによって種々の特性を示す機能性材料を開発しています。

 現在、当研究室では、上記の"組織制御に基づく機能性材料の開発"を基本コンセプトとして、「生体用材料の研究・開発」・「構造用材料の研究・開発」・「高温用材料の研究・開発」を3つの研究の柱として、研究室の教員・大学院生・学部生が一丸となって、日々、研究に打ち込んでいます。

生体用材料の研究・開発 構造用材料の研究・開発 高温用材料の研究・開発

研究テーマ 一覧

生体用材料の研究・開発

  1. 生体用Ti合金の微細組織形成過程ならびに機械的特性の解明
  2. Ti-Ag合金の抗菌性酸化皮膜に及ぼす合金元素効果
  3. Ti合金上の生体活性セラミックスの組織と密着強度
  4. Ti-Mo合金の組織形成ならびに機械的性質に及ぼすFe添加効果
  5. Ti-Mo合金のα"相形成に及ぼす熱処理ならびに合金元素の影響
  6. 生体用Ti合金の組織形成ならびに機械的性質に及ぼすFe添加効果
  7. 金属酸化物表面上の骨芽細胞接着性制御
  8. 生体用低弾性率・低コストTi合金の相変態挙動と機械的特性制御
  9. 表面処理を施した金属表面上の骨芽細胞接着性評価
  10. 各種生体用Ti合金の骨芽細胞接着性に及ぼす金属組織の影響
  11. 生体用低弾性率・低コストTi合金の開発
  12. 表面処理を施した金属表面上の骨芽細胞接着性評価
  13. 真珠貝の電子線照射による骨再生促進皮膜の開発
  14. Ti合金準安定相生成に及ぼす合金元素の影響の第一原理的解釈

構造用材料の研究・開発

  1. 鉄鋼材料中の粒内ベイナイト・ラス集合体の制御による強靱化過程の解明
  2. 鉄鋼材料の機械的性質に及ぼす粒内ベイナイト生成過程の効果
  3. フェライト系ステンレス鋼のCu析出挙動に及ぼすCr添加の影響
  4. 鉄鋼材料中への転位網導入に対するオーステナイト化前処理の影響とその粒内ベイナイト生成への効果
  5. フェライト系ステンレス鋼中Laves相析出過程の結晶学的解析
  6. ベイナイト鋼におけるベイナイト・ラスとその特殊集合体の均一および局所変形に及ぼす効果
  7. 組成・構造揺らぎを利用した高強度金属材料の開発
  8. ステンレス鋼の析出挙動に及ぼす合金元素添加効果
  9. ゆらぎを利用した強靭な鉄鋼材料の開発
  10. ステンレス鋼の析出挙動に及ぼす合金元素添加効果

高温用材料の研究・開発

  1. Near-αTi合金Ti-1100の高温引張特性に及ぼす微細組織の効果
  2. Yを添加したMg合金AZ91の微細組織と機械的性質
  3. メカニカルアロイング法によるAl-希土類酸化物系合金の作製とその機械的性質
  4. AZ91マグネシウム鋳造合金の微細組織と機械的性質に及ぼすYの効果
  5. マルテンサイト変態させたニアαチタン合金の微細組織と高温引張特性
  6. マルテンサイト変態させたTi- 1100 の微細組織と機械的性質に及ぼす時効処理の効果
  7. Yを添加したAZ91合金の機械的性質に及ぼす熱処理の効果
  8. 粉末冶金法により作製したAl-La2O3合金の高温圧縮特性
  9. Yを添加した耐熱マグネシウム合金の高温変形
  10. 高温変形を利用したチタン合金の組織微細化に関する研究
  11. メカニカルアロイング法による耐熱アルミニウム合金の開発

最近の研究ピックアップ

研究課題:「外科手術用高硬度高靱性チタン合金開発」

1 研究の概要

図1.本研究で開発したチタン合金を用いて
試作したメスの刃先(最上段と最下段)。
中央の2つはステンレス製の市販のメス

 外科手術用のメスやはさみの刃先に利用可能な高硬度・高靱性な(硬く・壊れにくい)チタン合金の開発を行った。チタン合金の高硬度化を低コストにて実現するために合金元素として酸素を利用し、さらに熱処理による相分解ならびに窒化処理によって高硬度化を実現し、加工熱処理技術による組織微細化により高靱性を達成した。そして、外科手術用メスの刃先の試作を行った(図1)。

 本研究は、JKAの研究補助金支援の元、「平成27年度 外科手術用高硬度高靱性チタン合金開発 補助事業(27-165)」という補助事業名で平成27年度から平成28年度に実施された研究であり、研究補助金支援後も継続して研究を進めている。

2 研究の目的と背景

 外科的な疾病治療法の歴史は、手術器具の発展に支えられていると言っても過言ではなく、医師の技能を最大限に発揮させる手術器具は治療成績を飛躍的に向上させる。手術器具の材料として、強度ならびに靱性に優れているという観点で金属の材料が多用されているが、その中でも生体親和性に優れたチタン合金を利用した製品が近年増えている。しかしながら、これまで開発されてきたチタン合金では、硬度(強度)が不十分であるために手術用のメスやはさみ等の刃先にはチタン合金は利用できず、マルテンサイト系ステンレスなどの他の金属材料が利用されている。したがって、脳外科手術用はさみを例に挙げると、繊細な作業が実施できるように、現在は、いくつもの異なる特性を有する素材(高強度鋼、ステンレス、純チタン、チタン合金)をレーザーによる接合によってつなぎ合わせて製品としている。今後、術中MRI(手術室にMRI画像診断装置があり、MRI画像診断を行いながら手術をする)が普及していくことを考えると、手術器具は非磁性であることが求められる。つまり、手術器具は磁性を持つ高強度鋼からチタンなどの非磁性材料への転換が求められている。そこで本研究では、高強度・高靱性なチタン合金を開発し、外科手術用のメスや脳外科手術用はさみの開発を目指している。

3 研究内容

 純チタンは硬度が低く(JIS 2種では110~150 Hv)、刃物の刃先としては硬度不足のために利用できない。刃先の材料特性としては、硬度は 550 Hv以上、伸びは5%(破断歪)以上必要である。刃先材料としてチタンを用いる場合、他の元素をチタンに添加して合金化し、チタンの硬度を上げる必要がある。本研究ではチタン合金の高硬度化を低コストにて実現する方法として、合金元素に酸素の利用を考えた。さらに、熱処理を利用してスピノーダル分解による高硬度化を併用することも考え、そのためにモリブデン、ニオブなどの元素も合金元素として検討した。ここでは、高硬度化に関するTi-4Mo-xO合金の研究成果のみを例示する。まず、アーク溶解炉にてTi-4Mo-(0~3.0)O(at%)合金を溶製した。得られたボタン試料を石英管中に真空封入し、1473 Kにて3.6 ksの均質化処理を施した。その後1073 Kにて熱間圧延を施し1.5 mm厚の板状試料とした。試験用途に応じて種々の大きさに切り出した後、1473 Kにて0.6 ksの溶体化処理を施し急冷後、673~773 Kにて0.3~86.4 ksの時効処理(熱処理)を行った。結晶構造ならびに内部組織の評価にはX線回折法を用い、機械的特性の評価にはビッカース硬さ試験を行った。Ti-4Mo合金及びTi-4Mo-(1.0, 1.5, 3.0)O合金の溶体化処理後の焼き入れ組織は、XRD測定の結果α”相であり、ビッカース硬度は酸素添加に伴い増加した。酸素添加によって、効処理する前の硬度は大きく上昇し、酸素を添加していない場合より3at%酸素を添加すると200 Hvほど硬度が上昇した。各合金のビッカース硬度は時効に伴い増加し、ピーク値を示した後低下する傾向がみられた。


図2.Ti-4Mo-(0~3.0)O合金の773 K 時効硬化挙動
そして、Ti-4Mo-3O合金においては、図2に示すように、目標値の550 Hvを超える硬度が得られた。硬度上昇の原因は、透過型電子顕微鏡を用いた合金内部の構造解析から、スピノーダル分解による変調構造の形成であることが分かった。以上より、適切な合金元素の選択と熱処理によって、本研究の目標値である硬度550 Hv以上のチタン合金の開発に成功した。また、医療用の材料として利用する上で重要な生体適合性についても細胞培養実験から評価した結果を図3に示す。このように、本研究で開発したTi-Mo-O合金は、純チタンと同等の細胞適合性を有していることが明らかとなった。


図3.本研究で開発したTi-2Mo-3O合金と純チタン上の骨芽細胞培養結果
4 業界等において今後予想される効果

 チタン合金の高強度化に用いる合金元素はバナジウムなどの置換型合金元素であり、酸素のような侵入型元素は積極的に利用されて来なかった。本研究では、酸素を積極的に合金元素として活用することを行っており、チタン合金の新たな開発の方向性を示しているといえる。チタンという材料は、その優れた特性にもかかわらず、コストが高いという理由でその利用が制限されている材料である。コストが高くなる理由の一つとして、チタンの特性を制御するために加える合金元素のコストが高い点があげられる。チタンの合金元素としてバナジウムやニオブなどの高価なレアアースを使用することはチタン合金のコストを引き上げる。本研究結果は、ユビキタス元素である酸素の利用でコストを下げる他、B級グレードの純チタンの利用を可能なものとして、さらに合金のコストを下げる効果がある。グレードの低い純チタンには、酸素や鉄といった成分が含まれており、それらを合金元素として含むようなチタン合金は、母材である純チタンのグレードをB級品へ下げることができ、コストダウンを図ることができる。本研究結果が示す、酸素を合金元素として活用する合金設計は、コスト高が原因でチタン合金の利用が躊躇されてきた産業分野におけるチタン合金の利用を促進することになる。また、本合金は、生体適合性が高く、さらに非磁性であるため、術中MRIのようにMRI診断と併用した手術を行うときの手術器具として広く利用していくことが可能であり、医療分野においてもその利用が拡大すると予想される。

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